インドの工場に棲む「探求者」という名の合理的な職人?【インドあるあるカルチャーショック第3話】
- a-yoshida4
- 20 時間前
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インドの伝統技法、ブロックプリントの聖地、ジャイプルを訪れると、私たちが信じている「効率」という常識は、心地よいほどガラガラと音を立てて崩れ去ります。
この工場の柄は、まるで浮世絵のように何枚もの木版を重ねて作られます。「輪郭の版」「赤色の版」「黄色の版」……。一柄につき数枚の木版がセットとなり、それらは次のオーダーに備えて、大切に、かつ豪快に倉庫へ積み上げられます。

数年後、同じ柄のリピート注文が入ったその時、伝説の幕が開きます。
「あの版、どこだっけ?」
ここで招集されるのが、工場が誇る「探し物専門のスタッフ」です。彼は山のように、いや地層のように積み重なった数万個の木版の前に立ち、静かに精神を研ぎ澄ませます。そこからが長い。彼はホコリにまみれ、迷宮を彷徨う修行僧のように、2時間、あるいは3時間もの時間をかけて、たった一揃いの木版を「発掘」してくるのです。

日本人の感覚なら、即座に「棚に番号を振れ」「エクセルで管理しろ」と叫びたくなる場面でしょう。しかし、インドの熱気の中では、この一見無謀なタイムロスこそが、ある種の「究極の合理性」として君臨しています。
デジタル管理を導入すればシステム保守が必要ですが、彼ならチャイ一杯で動いてくれます。整理整頓のルールを作るより、一人の男の驚異的な記憶力(と勘)に頼るほうが、このカオスな現場ではむしろ確実なのです。何より、そうして一人の「専門職」の雇用が守られ、村の経済が回る……。これぞ、効率化の向こう側にたどり着いたインド流の最適解なのかもしれません。

3時間後、全身ホコリまみれの彼が「見つけたぞ!」と掲げた木版は、聖遺物のような輝きを放っています。私たちはそのドヤ顔を前に、もはや「棚卸し」なんていう無粋な言葉を口にすることはできないのです。



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